五畿七道を理解する必要がある. やがて五畿八道の単位は廃れてしまいましたが、北海道だけは道単位で行政を行っていたため、その道の名前が残ったのです。 この五畿七道は明治に入ってからも使用され、1000年近く続いた歴史あるものであり、「東海道自動車道」「北陸新幹線」など今もその名残があります。 ⇒五畿七道に照らせば、「北海道」は、ある意味、自然な名付けとも言える。 ①決定過程の資料が確認できない。 「国名」「郡名」の選定をめぐって そして、五畿七道につづく8番目の道として、「北海道」と名付けられた。 しかし、その後、他の道は46都府県に分けられました。 北海道も「函館県」「札幌県」「根室県」と3つの県に分けられたことも … “北海道”の名の由来は、奈良時代から平安時代にかけて存在した“五畿七道”という行政区画を参考にしたようです。 “五畿七道”とは山城・大和・摂津・河内・和泉の五国と“東海道”・“南海道”・“西海道”・”東山道”・“北陸道”・“山陽道”・“山陰道”です。

五畿七道とは奈良時代から続くの律令制における広域の地方行政区画である。明治時代以降に加わった北海道を除く地域より構成される。現在の地方名とほぼ対応している。五畿とは畿内にある国で、山城国、大和国、河内国、和泉国、摂津国を言う。 五畿七道(畿内七道) には、北海道は含まれていませんでした。 北海道(蝦夷地)は、まだ中央が納めるに至っていなかったからです。 明治になり、日本の行政区とするにあたり、 五畿七道(畿内七道) に倣い 「道」 をつけたのです。 つまり今は47都道府県ありますけれども、 かつては五畿七道と12個の地域区分でがあったのです。 そして北海道は8個目の道として明治政府に認定されたのです。 北海道という地名を理解するには、まずは「五畿七道」を理解する必要があります。五畿七道とは日本における「律令制」のもとで定められた「行政区画」です。そして、「律令制」とは簡単にいうと「中央集権的な統治体制の枠組みを定めたもの」です。 七道. このうち、「北加伊道」が「北海道」に変更されて採用されることになりますが、これは古代日本の律令制における広域行政区画「五畿七道」の7つの「道」に倣って命名されたと言われています。 東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道の七道。 五畿七道-wikipedia.