『戦艦長門』について紹介しております。その他。 ... 長門のみ、米艦も沈んだというのは、直後に日本人が長門を讃えた「逸話」だそうだが、誰にも最期を見せずに沈んだ引き際は、大和魂に相応しいのかな。 [ 2011/06/02 ] no name - [ 9175 ] no title 皆さんは「戦艦」にどのようなイメージを想像されますか? 圧倒的な砲撃力で敵を粉砕するか、どれともボロボロに傷つきながら沈むことなくなお戦い続ける「弁慶の仁王立ち」のような姿か。今回は後者の「不屈の戦艦」を5隻厳選してご紹介します。 艦これで人気の高い戦艦「長門」ですが、その運の高さを探って見ると、悲しい戦争の歴史へと結びつきます。なんでも鑑定団にて発見された長門の軍艦旗エピソードと共に勉強してみましょう! 概要 完成当時、世界最大である16.1インチ(41センチ)主砲と26.5ノットの速力を持つ高速戦艦であった。 熾烈を極めた大艦巨砲主義による建艦競争のピークを体現する存在であり、ワシントン海軍軍縮条約による一定の歯止めを与えるきっかけとなった。 大和(やまと) は、大日本帝国海軍が建造した大和型戦艦の1番艦 。 2番艦の武蔵とともに、史上最大にして唯一46センチ砲を搭載した超弩級戦艦であった。 呉海軍工廠で建造され、昭和20(1945)年4月7日、特攻作戦に参加して沈没した。 戦艦”陸奥”は、所謂、八八艦隊計画の戦艦”長門”型の二番艦として”長門”建造 の約一年後、横須賀海軍工廠で建造されました。ワシントン軍縮会議直前の大正 10年10月24日に竣工。しかし工事未了の箇所が多く、米・英は完成艦とは認めず これは上層部にも受け入れられ、設計中だった戦艦「長門」の改良案作成を命じられました。 そしてその結果、管制部や弾薬庫などの「砲撃や魚雷が直撃したらヤバイ場所」を船の中央にまとめ、その周りの装甲だけを厚くする(船の前後は装甲を薄めにする)というスタイルが取られました。 → 詳細はWikipediaの長門(戦艦)へ . 世界最大の戦艦として知られる旧日本海軍の戦艦「大和」。アメリカの新型戦艦との砲撃戦を想定して、装甲防御力も格段に強化していました。その強力な防御力の一端をはかり知ることができる遺構がアメリカ本土に残されています。- (2) 「長門」と比べて装甲の厚さ1.3倍 旧日本海軍が建造した世界最大の戦艦「大和」は、最強の砲撃力を誇る46cm砲を9門搭載していました。しかし、「大和」の凄さは主砲だけではありません。「大和」は防御力も従来の戦艦を凌駕していました。 拡大画像 1944年10月、ブルネイに停泊中の長門 「世界のビッグ7」と讃えられた旧日本海軍の戦艦「長門(ながと)」が沈没してから、7月29日で70年を迎える。